Life

不器用人間によるBUMPさんのことを中心とした備忘録。ポツリポツリと書いています。

fujiki最終回と流れ星の正体

1月27日。fujiki最終回、「ついにこの日が来てしまったか…!」という気持ちで本屋さんへ向かい、買ったその場ですぐに読みました。(近くのミスド内で。)

15年という長い歴史の一つの締めくくりに、藤原基央は詩を書いて曲を作りました。

BACKSTAGE PASS (バックステージ・パス) 2017年 03月号

BACKSTAGE PASS (バックステージ・パス) 2017年 03月号

 

 

次の日、

28日20:00〜30日23:59 までの期間限定で詩にメロディとギターの和音をつけてリリックビデオを公開しました。

半音下げにチューニングしたギターで頑張って耳コピを試みるも全部は出来ず。

耳コピ動画を見てコードを覚えて、あっこれ太陽と同じコードだ!とか、ここプラネタリウムみたいだなぁとか、「ここは涙のふるさとみたいだよ」と教えてもらって、地味に感動したりして。

 

歌詞の最初の2行を見たとき、思い出したのはBFLY福岡公演。

日産のBD&DVDの特典映像で福岡公演での流星群が入っていますが、

 

そこで付け足された歌詞、(※2月21日、1フレーズ抜けていたので付け足しました※)

”誰かの涙 空にすい込まれて

誰かの上で流れ星になった

君と一緒で良かった

ようやく君に出逢えた 

出逢えた 出逢えた 出逢えた”

が元になっているんでしょうか。(飛び 込 越えて となっていたのはこれが原因だったりして。笑)

実際私も現地で聴きましたが、感動するというより圧倒されました、メロディと相まって。

 

 

最初は「誰か」同士だった人間が、最後には君と僕になります。

なんでしょう…いいですよね。

流れ星の正体を聴いてさらに流星群が好きになるという事件。

 

”生まれた証の尾を引いて” ”時間と距離を飛び越えて” ”君の空まで” という表現が好きです。

 

 

 

 

 

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「流れ星の正体」

作詞・作曲 藤原基央

誰かの胸の夜の空に 伝えたい気持ちが生まれたら

生まれた証の尾を引いて 伝えたい誰かの空へ向かう

 

いつも迷路 終わらないパレード 止まったら溺れる

ゴールなんてわからないままで いつまで どこまで

 

時間と距離を飛び越えて 君のその手からここまで来た

紙に書かれた文字の言葉は 音を立てないで響く声

 

そうやって呼んでくれただろう 見上げればちゃんと聴こえたよ

僕の上にも届いたように 君の空まで届いてほしい

せめて君に見えるくらいには 輝いてほしい

 

流れ星の正体を僕らは知ってる

 

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雑誌三昧。2 〜『Butterflies』について〜

早く書きたいと思いながら年が明けてしまい、さらにCutの2月号、そしてなんとfujiki最終回までも発売してしまった、、、

別に義務ではないんですけど。笑

 

 『Butterflies』について

(藤原さん)『Butterflies』の収録曲は、バンドでやろうとアコギで弾き語ろうと、その差があまりない曲ばかりだなって思ったんです。「MUSICA 1月号より」 

(藤原さん) さっきも話したように”流星群”みたいなアレンジは絶対にできなかったし、”宝石になった日”みたいなアレンジも、絶対にできなかったです。15年くらい前の俺たちだったら、ローコードでガーガー弾くぐらいしかできなかったと思うんです。「MUSICA 1月号より」

 ここの部分がとても興味深くて。この引用部分の何倍もかけて語ってくださっているんですが。笑 

まぁ、、こんなこと言われても私は自分で作った曲をバンドアレンジする、なんて行為はしたことないからわからないんですけれども!!ミュージシャンの方は「なるほどねぇ…ふむふむ」と読んでいたんでしょうか。こういうのって結構面白いなって思います。

(藤原さん)すごくスピード感のあるレコーディングだったと思うし。焦るとかそういうことはなくって。ただそこに全力疾走のエネルギーが、ものすごくこめられていたと思うし。「ロッキンオン・ジャパン 1月号より」

どの雑誌(『Butterflies』発売当時のものも)でも出てくるのがこの「スピード感」。

時代とか、各々の心境、周りの環境の変化があれば「変わらないために」変わらざるをえないもの。そういうのが「ブレない」ということの一つの形なのかもしれません。

自分は根をはるのがすごく苦手なタイプだからいつもブレブレなんですけど、なんというか自分がぶちあたるべき言葉に出会うというのは嬉しいもので。

にやけます。。(※個人的な感想です)

 

 

 

そしてそしてこの「Butterfly」という言葉。長年、基央さんが唄う”飛ぶもの”といえば、鳥や飛行船、ロケットやグライダーだと認識していた私にとってここへきての”蝶”というのは物凄く面白くてですね。

以前も日記に書いてますが古代ギリシャ語の蝶(Psyche)には「心」や「魂」の意味があります。

これが調べれば調べるほど面白くて。。笑

プシュケーΨυχήアルファベット表記:Psyche)とは、古代ギリシアの言葉で、もともとは(いき、呼吸)を意味しており、転じて生きること(いのち、生命)、またを意味するようになった言葉である。

プシュケー - Wikipediaより引用)

最初に見たのはこのページ。「息」という言葉から「生きる」と言うこと、そこから「心」や「魂」という言葉への派生というのは、確かにすごく自然なことかもです。なんとなく言ってることわかる、というのは頭で理解するより先に感じているからかもしれません。

そしてギリシャ神話のプシュケーの話。その中に「ランプ」や「ナイフ」が出てくるのもまた面白く、彼女が好奇心旺盛だったこと、その美しさに嫉妬されたこと、それゆえいろんな困難に直面したことなど、とても興味深くて。

また、心理学は英語でpsychology。ココロを扱うものにはpsycheが付いているというのもまた面白いです。

 

 

まだ触りだけなので雑な知識ですが、この「Butterfly」という曲が入ったアルバム『Butterflies』にはココロやカラダも多く出てきますが「呼吸」というのも今まで同様出てきます。執拗なまでに藤原基央はこの「呼吸」というのを歌ってくる。

 

呼吸は無意識。気が付いたら呼吸しています。心臓もまた同じ。自分の意識とは無関係に、カラダは生きようとしているということ。自分が辛い時も、消えて無くなりたいと思っていても、息は続いているということ。こんな単純な、当たり前で不思議なことがわかっただけで自分の体が愛おしく思えること。涙が出ること。

 

以前藤原基央は「supernova」という曲について、「周りの人がみんなsupernovaのように太陽を超えるような光を放ってまさに爆発している最中に見えた」というふうなことを語っていましたが、蝶に見えたこともあったんでしょうか。

どこまでもどこまでも、妄想ですけど。

 

 

いつかもっと深く理解できる日が来るかしら。

そんなに理解できなくても、藤原さんの歌声と曲聞けたらそれでいいかなあ、なんてことも思いながら。

雑誌三昧。〜アンサーについて〜

どの雑誌も楽しみにしていてできるだけ発売日に買ってすぐに読んではいるんですが、

今回のMUSICACutは「嬉しくて涙が出る」という私の一番大好きな感情になりました。(※個人の感想です。)

なんだかうまく言葉にはできないけど。雑誌三昧。

2016年11月30日 ロッキング・オン・ジャパン 2017年 01月号

          12月15日 MUSICA 2017年 01月号

      12月19日 Cut 2017年 01月号

 

 

〜アンサーについて〜

(藤原さん)ぱっと見の感覚を、”アンサー”っていうのは曲書いてる時からあったんだけど。その時点ではまだ図らずも、語感が似てるなと。”ファイター”、”アンサー”ってね。母音が”あ”で、ちょっと伸ばすみたいなね。

気持ち的になんとなく英語表記にしたかったんだけど、せっかくだし、自分にとっても記念的な意味合いでもカタカナ表記にしました。ROCKIN’ON JAPAN 1月号」より

 とてもとても良いです。。遊び心大好きマンとしてはとても好きです。笑

 

(藤原さん)俺は全然、奇をてらおうとは思ってないので、

もっと自分が本気で歌いたいこと、歌う必要があることって何かなって、毎回毎回やっていて。「MUSICA 1月号」より

 アンサーでは今までの曲の歌詞の断片が散りばめられた「ように」感じ、狙ったように思いますが「アンサー」っていう曲で歌いたかった言葉が「迷路の奥のダイヤ」だったり「砂漠の砂の一粒」だったりって、なんか素敵です。(伝わりますかね…?笑)

 

 私自身、奇をてらう(〇〇の曲とリンクしている、〇〇で使われた歌詞がここでどーのこーの)という聴き方はあまり得意ではないです。何度も使う=その言葉への信頼だったり、はたまた疑いだったり、尊敬だったりラスボス感だったり、たまにその言葉に色々隠してみたり。とにかく思い入れが強く聞こえるのでよく使う単語がサビに使われていたり、流れの中の大事なところで使われたりすると「(良くも悪くも)大事にしてる言葉なんだ」というのを感じて嬉しくてニヤリとしてしまうものなのです。

 

そしてそして何と言ってもCutでの羽海野チカ先生との対談は凄かった…。やっぱりセンサーが多いです。それに呼応するように、藤原さんが放つ言葉も面白い。。

(藤原さん)話をいただいた時に、「そんなんやるでしょ」って言ったけど、羽海野先生がおっしゃる通り、「書けんの?」っていうのは自分でもあって。”ファイター”は『3月のライオン』の表現してる世界と僕たちの表現してる世界の重なるところを全力で書いたものだったから、蛇足みたいなものになってはいけないと思ったんですけど、スタジオに入ったら自然と書けました。「Cut 1月号より」

 一つの作品に2曲も書き下ろすのって結構大きなことだと思います。おっしゃる通り蛇足になってはいけないし。でもとんでもないのが出来上がりましたね。笑

 

 (羽海野先生)こんな旅をしてるみたいな歌を書いてもらって、これは零ちゃんの歌だけど、私ももらっていい歌なんだなぁって、とても嬉しかったです。

(羽海野先生)もうすごいタイトルをつけるなぁと。でも、どうしても変えられないものを描こうとしてるから、これでいいんだって思うんです。人生ってままならないことが多いけど、これで良かったんだっていう物語を作るしかないしかないじゃないですか。すごい状況に置かれたとしても、間違った選択をしちゃったかも?って思っても、つかんじゃったら「これで良かったんだ」と思えるようにしてくしかない。「Cut 1月号より」

 以前の日記に「虹の辿り着いたところ」がなんでそうしたのかわからない、と書きましたが、この対談を読んで、ほんの少しだけ輪郭がわかったようなそんな感じがしました。

(藤原さん)だって零くんがブレないですもんね。悲しいまでにブレない。その零くんが主人公じゃないと到達できない地点が絶対あるじゃないですか。そういうところに我々読者は凄く惹かれてるんだと思うんですね。「Cut 1月号より」

(羽海野先生)コツコツやっていけば、時々どこかで停車した時に、遠くの方でお弁当買ってる姿が見れるんだなぁ、みたいな気がしました(笑)。大きな駅でばったり会う、『そちらも乗り換えですか?』みたいな(笑)。「Cut 1月号より」

 (羽海野先生)でもいつも不思議なんですけど、藤原さんはもとのところから離れていく視点で歌を作るんですよね。私は『あそこに光が見えるからあそこに行けたら』って話を作るんですけど、藤原さんは光のあるところから出発して、時々振り返って、離れていくけどこれで間違いじゃないって書かれている。でもどっちにもキラキラ光るものがあるなと思っています。

 (藤原さん)そうですね。向かっている先に光源を置く場合もなくはないんですけど、最近は自分の歩いてきた軌跡の中に光源があるのが多いかもしれないですね。「Cut 1月号より」

この羽海野先生の「停車駅」という表現がとても好きで、うわぁ、買ってよかった〜!と思いました。そして「虹の辿り着いたところ」のフレーズがとても優しく、深い奥行きを持って聴こえてきました。

 

(藤原さん)重なってる部分の中で、自分が今歌いたいこと、今出したい音、奏でたい旋律、鳴らしたい和音、リズム、そういうもので曲を作るという。ROCKIN’ON JAPAN 1月号」より

2つのフィールドが重なっている部分、藤原さんがよく使う表現ですが単純に「AにもBにも含まれる」だけじゃない、A×BとかA-B、A+Bみたいなものもあるし、意図せずに重なってないところも強調されちゃったりしてる部分もあると思います。

面白いですよね、そういうのって絶対計算できないし予測できない。

きっとわかりやすく何かの作品とのコラボっていう形じゃなくても、経験するいろんなことの中でそういう作業をずっとやってきてるんだろうなぁ、と。そうやって生まれてくるものに会えるのって嬉しいなぁと、ふと思いました。

 

…まぁ結局、まとまりませんが。笑

 

Cut1月号はよかったです。←