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Life

BUMPさんのことを中心とした備忘録。素敵だな、と思ったことについてポツリポツリと書いています。

雑誌三昧。〜アンサーについて〜

BUMP OF CHICKEN 雑誌 タイアップ

どの雑誌も楽しみにしていてできるだけ発売日に買ってすぐに読んではいるんですが、

今回のMUSICACutは「嬉しくて涙が出る」という私の一番大好きな感情になりました。(※個人の感想です。)

なんだかうまく言葉にはできないけど。雑誌三昧。

2016年11月30日 ロッキング・オン・ジャパン 2017年 01月号

          12月15日 MUSICA 2017年 01月号

      12月19日 Cut 2017年 01月号

 

 

〜アンサーについて〜

(藤原さん)ぱっと見の感覚を、”アンサー”っていうのは曲書いてる時からあったんだけど。その時点ではまだ図らずも、語感が似てるなと。”ファイター”、”アンサー”ってね。母音が”あ”で、ちょっと伸ばすみたいなね。

気持ち的になんとなく英語表記にしたかったんだけど、せっかくだし、自分にとっても記念的な意味合いでもカタカナ表記にしました。ROCKIN’ON JAPAN 1月号」より

 とてもとても良いです。。遊び心大好きマンとしてはとても好きです。笑

 

(藤原さん)俺は全然、奇をてらおうとは思ってないので、

もっと自分が本気で歌いたいこと、歌う必要があることって何かなって、毎回毎回やっていて。「MUSICA 1月号」より

 アンサーでは今までの曲の歌詞の断片が散りばめられた「ように」感じ、狙ったように思いますが「アンサー」っていう曲で歌いたかった言葉が「迷路の奥のダイヤ」だったり「砂漠の砂の一粒」だったりって、なんか素敵です。(伝わりますかね…?笑)

 

 私自身、奇をてらう(〇〇の曲とリンクしている、〇〇で使われた歌詞がここでどーのこーの)という聴き方はあまり得意ではないです。何度も使う=その言葉への信頼だったり、はたまた疑いだったり、尊敬だったりラスボス感だったり、たまにその言葉に色々隠してみたり。とにかく思い入れが強く聞こえるのでよく使う単語がサビに使われていたり、流れの中の大事なところで使われたりすると「(良くも悪くも)大事にしてる言葉なんだ」というのを感じて嬉しくてニヤリとしてしまうものなのです。

 

そしてそして何と言ってもCutでの羽海野チカ先生との対談は凄かった…。やっぱりセンサーが多いです。それに呼応するように、藤原さんが放つ言葉も面白い。。

(藤原さん)話をいただいた時に、「そんなんやるでしょ」って言ったけど、羽海野先生がおっしゃる通り、「書けんの?」っていうのは自分でもあって。”ファイター”は『3月のライオン』の表現してる世界と僕たちの表現してる世界の重なるところを全力で書いたものだったから、蛇足みたいなものになってはいけないと思ったんですけど、スタジオに入ったら自然と書けました。「Cut 1月号より」

 一つの作品に2曲も書き下ろすのって結構大きなことだと思います。おっしゃる通り蛇足になってはいけないし。でもとんでもないのが出来上がりましたね。笑

 

 (羽海野先生)こんな旅をしてるみたいな歌を書いてもらって、これは零ちゃんの歌だけど、私ももらっていい歌なんだなぁって、とても嬉しかったです。

(羽海野先生)もうすごいタイトルをつけるなぁと。でも、どうしても変えられないものを描こうとしてるから、これでいいんだって思うんです。人生ってままならないことが多いけど、これで良かったんだっていう物語を作るしかないしかないじゃないですか。すごい状況に置かれたとしても、間違った選択をしちゃったかも?って思っても、つかんじゃったら「これで良かったんだ」と思えるようにしてくしかない。「Cut 1月号より」

 以前の日記に「虹の辿り着いたところ」がなんでそうしたのかわからない、と書きましたが、この対談を読んで、ほんの少しだけ輪郭がわかったようなそんな感じがしました。

(藤原さん)だって零くんがブレないですもんね。悲しいまでにブレない。その零くんが主人公じゃないと到達できない地点が絶対あるじゃないですか。そういうところに我々読者は凄く惹かれてるんだと思うんですね。「Cut 1月号より」

(羽海野先生)コツコツやっていけば、時々どこかで停車した時に、遠くの方でお弁当買ってる姿が見れるんだなぁ、みたいな気がしました(笑)。大きな駅でばったり会う、『そちらも乗り換えですか?』みたいな(笑)。「Cut 1月号より」

 (羽海野先生)でもいつも不思議なんですけど、藤原さんはもとのところから離れていく視点で歌を作るんですよね。私は『あそこに光が見えるからあそこに行けたら』って話を作るんですけど、藤原さんは光のあるところから出発して、時々振り返って、離れていくけどこれで間違いじゃないって書かれている。でもどっちにもキラキラ光るものがあるなと思っています。

 (藤原さん)そうですね。向かっている先に光源を置く場合もなくはないんですけど、最近は自分の歩いてきた軌跡の中に光源があるのが多いかもしれないですね。「Cut 1月号より」

この羽海野先生の「停車駅」という表現がとても好きで、うわぁ、買ってよかった〜!と思いました。そして「虹の辿り着いたところ」のフレーズがとても優しく、深い奥行きを持って聴こえてきました。

 

(藤原さん)重なってる部分の中で、自分が今歌いたいこと、今出したい音、奏でたい旋律、鳴らしたい和音、リズム、そういうもので曲を作るという。ROCKIN’ON JAPAN 1月号」より

2つのフィールドが重なっている部分、藤原さんがよく使う表現ですが単純に「AにもBにも含まれる」だけじゃない、A×BとかA-B、A+Bみたいなものもあるし、意図せずに重なってないところも強調されちゃったりしてる部分もあると思います。

面白いですよね、そういうのって絶対計算できないし予測できない。

きっとわかりやすく何かの作品とのコラボっていう形じゃなくても、経験するいろんなことの中でそういう作業をずっとやってきてるんだろうなぁ、と。そうやって生まれてくるものに会えるのって嬉しいなぁと、ふと思いました。

 

…まぁ結局、まとまりませんが。笑

 

Cut1月号はよかったです。←